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news 2026.04.03 約15分

米国が日本に突きつけた課題 —「強制労働産品の輸入禁止法がない」とNTEで名指し批判|タイ拠点の日系企業が今すべきこと

2026年3月31日公表のUSTR「2026年版外国貿易障壁報告書(NTE)」で日本が「強制労働産品の輸入を禁止する法律がない」と名指しされました。同時進行するSection 301調査(60カ国対象)と合わせ、タイに製造拠点を持つ日系SMEが直面するリスクと実務対応を解説します。

2026年3月31日、米国通商代表部(USTR)が公表した「2026年版外国貿易障壁報告書(NTE)」に、日本への厳しい指摘が記載されていました。「日本には強制労働によって生産された商品の輸入を禁止する法律がない」——この一文が、米国との通商関係において日本が今後直面するリスクを端的に示しています。タイに製造拠点を持ち米国向けに輸出している日系中小企業にとって、NTEの指摘は対岸の火事ではなく、自社のサプライチェーンに直結する問題です。


1. 何が起きたか——NTEと301条調査のダブルパンチ

2026年版NTEで日本が名指しされた

USTRは毎年3月末に、外国の貿易障壁を列挙した「NTE(National Trade Estimate Report on Foreign Trade Barriers)」を公表しています。2026年版では、日本に対して12ページが充てられ、その中で「強制労働によって生産された商品の輸入を禁止する法律がない」と明示されました。

USTRはさらに踏み込み、この法律の欠如が日本の商品・サービスの価格を人為的に低く抑制し、米国製品との間に「不公正な競争優位性」を生じさせている可能性があると主張しています。また、ロシア産スケトウダラ・サケ・カニの輸入、そして米国が問題視する「非市場的政策・慣行(NMPPs)」への対処が「十分ではない」という評価も盛り込まれました。

NTEはあくまで報告書であり、それ自体が直ちに制裁措置につながるわけではありません。しかし、後述するSection 301調査の文脈では、NTEの調査結果が追加関税の法的根拠として援用される可能性が指摘されています。

Section 301調査が60カ国を対象に進行中

NTEが公表される2週間以上前の2026年3月12日、USTRはすでに動いていました。Trade Act of 1974 Section 301(b)に基づき、60カ国を対象とした「強制労働に関する調査」を開始したのです。

調査対象は、2024年の米国輸入額の99%超をカバーする上位60貿易相手国。日本は28番目、タイは53番目として対象リストに含まれています。調査の焦点は、「各国が強制労働による産品の輸入を禁止し、かつ効果的に執行しているか」です。

スケジュールは以下の通りです。

日付内容
2026年4月15日パブリックコメント・ヒアリング出席申請の締切
2026年4月28日〜5月1日パブリックヒアリング(於 国際貿易委員会)
2026年7月24日頃調査完了・措置発動の見込み

背景:IEEPA違憲判決と301条への「乗り換え」

今回の動きには重要な背景があります。2026年2月20日、米連邦最高裁がトランプ大統領のIEEPA(国際緊急経済権限法)に基づく「相互関税」を違憲と判断しました。「相互関税」の法的根拠が失われた政権は、Section 301という別のルートで追加関税の再構築を図っていると見られています。

現在はSection 122に基づく暫定一律10%課徴金が2026年2月24日から発動されていますが、この課徴金の法的期限は150日、つまり7月24日前後に迫っています。301条調査は通常12カ月かかるところを4カ月という異例の速度で進められており、期限内に新たな法的根拠を確立しようとする政権の意図が透けて見えます。

この一連の動きから読み取れるのは、今回の301条調査が純粋な人権保護の観点だけでなく、「追加関税を維持・強化するための法的根拠づくり」という通商政策上のツールとしての側面も合わせ持っているという点です。この文脈を理解した上でリスクを評価することが重要です。


2. なぜ日本が標的になるのか——法的ギャップの実態

米国・EU・カナダとの比較

USTRが日本を問題視する理由は、国際的な比較の中で明確になります。

米国は、1930年関税法 19 U.S.C. § 1307 による強制労働産品の輸入禁止を基本に、2021年に成立した「ウイグル強制労働防止法(UFLPA)」で新疆ウイグル自治区産品に対する反証可能推定(presumption of use of forced labor)を導入しています。さらに米国税関・国境取締局(CBP)の「差止・釈放命令(WRO)」によって、特定企業・産品の輸入を実際に止める執行実績を積み重ねています。

EUは2024年に「強制労働規制(Forced Labour Regulation)」を採択。強制労働を使って生産された産品のEU市場への販売・輸入・輸出を禁止し、違反した場合は全世界売上の5%以上の制裁金という拘束力ある措置を設けました。また「企業持続可能性デューデリジェンス指令(CSDDD)」も2024年に発効し、2027年以降は段階的に欧州大企業のサプライチェーン全体への人権DDが義務化されます。

カナダとメキシコは、USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)の義務として強制労働産品の輸入禁止に法的に縛られています。

日本はどうか。現時点では以下のソフトローが存在するのみです。

  • 2020年:ビジネスと人権に関する国別行動計画(NAP)策定
  • 2022年9月:経産省「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」公表
  • 2023年4月:経産省「実務参照資料」公表(中小企業向け実務ガイド)

これらはいずれも法的拘束力がなく、違反に対する罰則もなく、執行メカニズムも存在しません。経産省・外務省の調査では、上場企業の約半数が人権デューデリジェンスを未実施とされています。

日本版UFLPA法案の動き(ただし成立時期は未定)

2026年2月25日、自民党・日本ウイグル議員連盟の古屋圭司会長が、日本版UFLPA法案の起草を表明しました(Human Rights Watch報道)。法案が成立すれば、日本のサプライチェーン管理は現在のソフトローから法的義務へと転換しますが、成立の時期・内容はいまだ未確定です。


3. タイ拠点の日系企業に関係する3つのリスク経路

経路①:タイ → 米国の直接輸出ルート

タイで製造した製品を米国に輸出している企業は、301条調査の結果次第で追加関税が課される可能性があります。前回の過剰生産能力301条調査(2026年3月11日開始、日本・タイとも対象)と今回の強制労働調査が並行して進んでいるため、ダブルリスクとなる可能性があります。詳細は「米国301条調査にタイが対象国入り」をご参照ください。

経路②:タイ → 日本 → 米国の「迂回輸入」リスク

NTEで特に注目すべきは、「日本が米国への迂回輸入を規制する協定を結んでいない数少ない主要貿易相手国」という指摘です。タイで生産した部品や素材を日本経由で米国に再輸出しているケースでは、「迂回輸入(transshipment)」の疑いをかけられるリスクが高まっています。「メイド・イン・ジャパン」のラベルがあっても、実質的にタイ(またはタイのサプライヤー)産の場合、この問題は顕在化します。

経路③:タイのサプライチェーン内の強制労働リスク(UFLPA/WRO)

タイは水産業(漁業・水産加工)における強制労働・人身売買の問題で国際的に繰り返し批判されてきました。ミャンマー・カンボジアからの移民労働者に対する債務拘束・パスポート没収・賃金未払いなどの実態は、米国労働省やNGOによって複数の調査で文書化されています。2015年にはEUからIUU漁業に係るイエローカードを受け(2019年に解除)、米国国務省の人身売買報告書でも長年にわたり低い評価を受けてきた経緯があります。

水産業に限らず、電子部品・繊維・衣料・農産物加工などのセクターでも、移民労働者の労働条件に関するリスクが指摘されています。CBPのWROによって差し止められるのは特定企業の特定産品ですが、タイのサプライヤーがWROの対象になれば、その産品を使っている日本企業の米国向け輸出にも即座に影響が生じます。

UFLPA上の「反証可能推定」は非常に厳しく、「知らなかった」「確認する機会がなかった」という主張は原則として通用しません。CBPによる差止めを受けた後に反証するのは容易ではなく、事前のリスク管理が不可欠です。

経路④:EU CSDDD経由の間接的影響

直接の米国向け輸出がなくても、欧州大企業のサプライチェーンに組み込まれている日系SMEは、2027年以降のCSDD指令の段階的適用開始に備える必要があります。欧州の取引先から人権DD対応の証明を求められ、対応できなければ取引から外れるリスクがあります。


4. 今すぐやるべき5つの実務アクション

Step 1:自社サプライチェーンの棚卸し

タイのどのサプライヤーから何を調達しているか、そのサプライヤーはどこで労働者を採用しているか(特に移民労働者の比率・出身国・採用エージェントの存在)を把握することが出発点です。水産加工・繊維・農産物加工を扱うサプライヤーは特に優先度が高いと考えられます。

Step 2:経産省ガイドライン・実務参照資料に基づく人権DDの着手

法的拘束力はありませんが、経産省の「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(2022年)および「実務参照資料」(2023年)は中小企業向けの実務的な手引きとして活用できます。「何もしていない」という状態を脱することが、現時点での最低限の対応です。

Step 3:米国向け輸出製品のトレーサビリティ確保

原材料・部品の原産地証明、製造工程の記録、労働者の採用・賃金支払いの記録を整備することで、CBPから問い合わせを受けた際の反証材料とします。特にタイ産の水産物・農産物を原材料に含む製品については、サプライヤーから同様の記録を取得しておくことが重要です。

Step 4:タイ現地サプライヤーとの契約条項の見直し

サプライヤー契約に強制労働禁止条項・監査権(audit right)・違反時の契約解除権を盛り込むことを検討したい点です。現在の契約にこれらの条項がない場合、次回の更新時に追加することが考えられます。タイ労働保護法の最新改正動向については「タイ労働保護法の2025年改正ポイント」もご参照ください。

Step 5:301条調査の動向モニタリング

2026年4月28日〜5月1日のパブリックヒアリング、7月の調査完了・措置発動見込みというスケジュールを念頭に、情報を継続的にモニタリングすることが重要です。業界団体・日タイ商工会議所・JETRO等の情報網を活用しましょう。

なお、中小企業にとって完璧な人権DDを一度に実現することは現実的に困難です。「何もしていない」という状態が最大のリスクであり、できることから段階的に着手することが現実的な姿勢です。


5. 今後の展望——日本の立法動向と国際潮流

日本の法整備が加速する可能性

古屋議員の日本版UFLPA法案構想が現実化すれば、日本のサプライチェーン管理は大きく変わります。法案が成立した場合、強制労働産品の輸入禁止と人権DDの法的義務化が日本企業——特に大企業のサプライチェーン全体——に及ぶ可能性があります。中小企業も大企業との取引を通じて間接的にその影響を受けることが予想されます。

301条調査の結果次第では追加関税の可能性

7月の調査完了時点でタイが強制労働の輸入禁止・執行体制が不十分と判断された場合、タイからの輸入品に追加関税が課される可能性があります。税率・対象品目は現時点では未確定ですが、タイ工商会議所大学の試算によれば、一定率の追加関税が課された場合のタイの輸出損失は相当規模に達すると見込まれています。

「人権DD = コスト」から「人権DD = 市場アクセスの条件」へ

EU CSDDD施行・米国UFLPA強化・日本版法案の動きが重なる中、「人権DD = コスト」という認識から「人権DD = 米国・EU市場へのアクセス条件」という認識への転換が世界的に進んでいます。対応が後手に回った企業が市場から締め出されるリスクは、今後さらに高まると考えられます。


まとめ

主要タイムラインを改めて整理します。

日付出来事
2026年2月20日米最高裁 IEEPA関税を違憲判決
2026年2月24日Section 122に基づく暫定10%課徴金発動
2026年3月11日USTR 過剰生産能力301条調査開始(16カ国、日本・タイ含む)
2026年3月12日USTR 強制労働301条調査開始(60カ国、日本・タイ含む)
2026年3月31日2026年版NTE公表、日本の強制労働法欠如を名指し
2026年4月15日パブリックコメント締切
2026年4月28日〜5月1日パブリックヒアリング
2026年7月24日頃Section 122課徴金期限・301条調査完了見込み

301条調査はまだ「開始」段階であり、追加関税が確定したわけではありません。しかし「何もしない」は最大のリスクです。まず自社のサプライチェーンを棚卸しし、タイのサプライヤーの労働環境を把握し、記録を整備していくことが、今できる最善の準備です。

サプライチェーンの人権デューデリジェンス体制の構築、タイのサプライヤーとの契約条項の見直し、米国向け輸出の通商リスク評価など、日本法・タイ法・国際通商法の観点からアドバイスいたします。お気軽にお問い合わせください。

本記事は2026年4月時点の公開情報に基づく一般的な情報提供を目的としており、タイ法に基づく法的助言を構成するものではありません。具体的な案件については、タイの弁護士資格を有する専門家にご相談ください。当事務所では提携先JTJBのタイ人弁護士と連携して対応いたします。

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