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legal 2026.03.25 約12分

タイのeコマース規制を法律で読む|TCCTガイドライン・Draft PEAの規制構造と罰則【デジタル法シリーズ第4回】

タイ取引競争委員会(TCCT)の2026年3月ガイドラインの法的根拠と規制対象行為を競争取引法の条文から解説。Draft Platform Economy Act(PEA)のDSA型ガバナンス構造、EU DMA/DSAとの比較、日系出店者への実務的含意も整理します。

タイのeコマース市場でプラットフォームを使って販売する企業は、2026年3月を境に新しい法的環境に入りつつあります。タイ取引競争委員会(TCCT)がeコマースプラットフォーム向けガイドラインを官報掲載する見込みであり、その背後にある競争取引法の条文構造を理解しておくことが重要です。本稿では、競争取引法の関連条文から始め、TCCTガイドラインの法的性質、6つの規制対象行為の条文上の位置付け、さらにETDAが策定中のDraft Platform Economy Act(PEA)を解説します。

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競争取引法 B.E. 2560 (2017年) — 基本構造

法律の目的と適用範囲

競争取引法(Trade Competition Act B.E. 2560)は、タイにおける市場競争の公正性を確保するための法律です。2017年の制定により旧法(1999年)が廃止され、デジタル経済に対応した規制強化が図られました。

主管当局:タイ取引競争委員会(TCCT: Trade Competition Commission of Thailand)

支配的地位の定義(Section 50-51)

Section 50は「支配的地位(Dominant Position)」を有する事業者の基準を定めています。

50%基準:単一の事業者が特定の市場において市場シェアが50%以上かつ年間売上が10億バーツ以上の場合、支配的地位を有するとみなされます。

75%基準:3社以下の事業者合計で市場シェアが75%以上かつ年間売上が合計10億バーツ以上の場合、これらの事業者全員が支配的地位を有するとみなされます。

Shopee・Lazada・TikTok Shopの3社がタイEC市場の大半を占める状況は、まさにSection 51(3社の合計支配的地位)の適用が検討される構造です。

不公正取引行為の禁止(Section 57-58)

Section 57:支配的地位を有する事業者が行う「不公正取引行為(Unfair Trade Practices)」を禁止します。

具体的には以下の行為が規制されます。

  • 不当な取引条件の設定または変更
  • 取引相手への義務なき条件の強制
  • 取引相手の供給源・販売先の不当な制限
  • 不当に低い価格設定(略奪的価格設定)
  • 合理的な理由なく取引を拒絶すること

Section 58(域外適用)タイ国外で行われた行為であっても、タイの市場における競争に影響を及ぼす場合には競争取引法が適用されます。これにより、シンガポールやその他の国に本社を置くeコマースプラットフォームもタイの競争法の射程に入ります。


TCCTガイドラインの法的性質と位置付け

ガイドラインは「法律」ではないが……

2026年3月にTCCTが官報掲載する見込みのeコマースプラットフォーム向けガイドラインは、それ自体として直接の拘束力を持つ「法律」ではありません。「ガイドライン(แนวทาง)」や「ガイドライン(Guideline)」は、TCCTが競争取引法の解釈・執行方針を示すソフトロー文書です。

ただし、ガイドラインに違反した行為は、競争取引法Section 57-58上の「不公正取引行為」または「支配的地位の濫用」として制裁の根拠となりうる点が重要です。TCCTの執行実務上は、ガイドライン違反は「違法性の推定要素」として機能することが予想されます。

これはEUにおいて欧州委員会の「水平協定ガイドライン」が実質的に拘束力のある解釈基準として機能するのと類似した構造です。


6つの規制対象行為 — 条文上の位置付け

TCCTガイドラインが規制の対象とする主な行為類型と、競争取引法上の根拠条文との対応は以下のとおりです。

① 手数料・費用の透明化義務

条文根拠:Section 57(不当な取引条件の不透明な設定・変更)

プラットフォームは出店者に課す手数料・費用の内訳を明示する義務が課されます。手数料の一方的な引き上げや不透明な費用の上乗せは、「不公正な取引条件の変更」として問題となりえます。

② 物流業者の強制指定禁止

条文根拠:Section 57(取引相手の供給源・販売先の不当な制限)

プラットフォームが出店者に対し、プラットフォーム傘下の物流業者のみを使うよう強制することは、取引相手の「自由な取引相手の選択」を制限する行為として問題となります。日本の下請法において「親事業者による発注先・発注条件の一方的決定」が禁止されているのと方向性が一致します。

③ 最恵国待遇(MFN)条項の制限

条文根拠:Section 57(不当な競争制限的条件の強制)

「他のプラットフォームより高い価格設定を禁止する」条項(Retail MFN)は、競争法上の水平的競争制限として問題となりえます。EU競争法においても、Amazon MarketplaceのRetail MFNが問題視され、是正措置が取られた前例があります。

④ アルゴリズム操作・検索ランキング操作の禁止

条文根拠:Section 57(不公平な方法による競争上の優位性の確保)

プラットフォームが自社の直販商品や特定の出店者を有利に扱うようにランキングアルゴリズムを操作することは、透明性義務違反として問題となります。EU DMA(デジタル市場法)Article 6(5)がゲートキーパーに対してセルフ・プリファレンシングを禁止しているのと同様の趣旨です。

⑤ 不当なアカウント停止・排除の禁止

条文根拠:Section 57(合理的な理由なく取引を拒絶すること)

正当な理由なく出店者のアカウントを一方的に停止・削除することは、「取引の不当な拒絶」として問題となります。ガイドラインは出店者への事前通知・不服申立て手続の整備を求めることが予想されます。

⑥ データポータビリティ(出店者の取引データへのアクセス権)

条文根拠:Section 57(競争を実質的に阻害するデータの囲い込み)

出店者が自己の販売データ・顧客データにアクセスし、他のプラットフォームや自社システムに移行できる権利です。EU DMA Article 6(10)のデータポータビリティ義務に対応します。


「優越的交渉力」の法的根拠

日本の下請法・特定DPF透明化法は「優越的地位の濫用」概念を中心に据えています。タイ競争取引法は「支配的地位(Dominant Position)」の概念を使いますが、実質的にはプラットフォームと出店者の間の「依存性(経済的従属)」にも着目した規制が展開されています。

TCCTガイドラインが対象とするプラットフォームは必ずしも50%の市場シェアを持つ必要はなく、出店者がそのプラットフォームに経済的に依存している状態においても「実質的な支配力」が認定されうると解釈されています。


Draft Platform Economy Act(PEA)

ETDAが策定中のDraft Platform Economy Act(PEA)は、TCCTガイドラインとは別の法律として、EU DSA(デジタルサービス法)型のプラットフォームガバナンスを導入する予定です。

PEAの主な制度設計

① 通知・削除手続(Notice and Takedown) 違法コンテンツ・詐欺商品等の通報を受けたプラットフォームは、一定期間内にコンテンツを削除または取り下げる法的義務を負います。

② ランキング・レコメンデーションシステムの開示義務 ランキングに影響する主要パラメーター(有料ランキングアップの有無、関連性指標の定義等)を出店者・消費者に開示する義務です。EU DMA Article 7・DSA Article 27に対応します。

③ 信頼できるフラガー(Trusted Flaggers)制度 政府機関・消費者保護団体・研究機関等を「信頼できる通報者」として認定し、これらの通報をプラットフォームが優先的に処理する仕組みです。

④ 透明性報告義務 大規模プラットフォームに対して、コンテンツモデレーション状況・削除件数・政府機関からの情報開示要求件数等を含む年次透明性報告書の公表を義務付けます。

EU DMA/DSAおよび日本の透明化法との比較

項目タイ PEA(案)EU DSA日本の透明化法
通知・削除義務あり(草案)あり(Article 16-17)なし(任意)
ランキング透明化あり(草案)あり(Article 27)あり(義務)
信頼できるフラガーあり(草案)あり(Article 22)なし
透明性報告あり(草案)あり(Article 24-42)あり(義務)
適用基準策定中月間ユーザー4,500万人以上等年間取扱高3,000億円超等

罰則構造

競争取引法上の制裁:

行政罰:TCCTが違反を認定した場合、**年間売上の最大10%**の課徴金を科すことができます。

刑事罰:Section 80以下:TCCTの指示に従わない場合等→最大2年の懲役+罰金(またはその両方)

民事責任:被害を受けた出店者・消費者は、プラットフォームに対して損害賠償を請求することができます。


日系EC事業者への実務的含意

Shopee・Lazada・TikTok Shopに出店する日系SMEにとって、直接の義務者はプラットフォーム事業者です。しかし、以下の点で出店者側にも実務的な含意があります。

  • 手数料の記録保存:手数料変更の通知・内訳の保存。証拠として必要になる場合があります。
  • 物流強制の証拠保全:プラットフォームから特定物流業者の利用を強制された場合は、記録を残すことが重要です。
  • MFN条項のレビュー:プラットフォームとの契約にMFN条項が含まれる場合は、競争法上の問題を含む可能性があります。
  • アカウント停止への備え:不服申立て手続の確認と、取引データのバックアップが重要です。

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次回予告

**第5回(2026年3月26日公開)**では、タイの2つのサイバー法 — サイバーセキュリティ法(重要インフラ企業の義務)とコンピューター犯罪法(不正アクセス・虚偽情報等の罰則)について、さらにテクノロジー犯罪防止勅令のSNSプラットフォーム義務を解説します。

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本記事はタイの法制度に関する一般的な情報提供を目的としており、タイ法に基づく法的助言を構成するものではありません。具体的な案件については、タイの弁護士資格を有する専門家にご相談ください。当事務所では提携先JTJBのタイ人弁護士と連携して対応いたします。

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