タイのECプラットフォーム市場で、大きな制度変更が動き出しています。タイ取引競争委員会(TCCT)は、Shopee・Lazada・TikTok Shopなどのデジタルプラットフォーム事業者を対象とするガイドラインを2026年3月に官報掲載する見込みです。手数料の透明化、物流業者の選択自由、アルゴリズム操作の禁止など、これまで「商慣行」として見過ごされてきた行為が競争法上の問題として正面から規制される時代が始まろうとしています。日本のプラットフォームの「透明化法」(2021年施行)と似た方向性ですが、タイは競争法の枠内で動く点で重要な違いがあります。タイでECを展開する日系SMEにとって、この規制変化は「他人事」ではありません。
タイEC市場の現状 — 3強支配と中小セラーの苦境
2026年のタイEC市場規模は約1.15兆バーツ(前年比7%成長)と推計されており、Shopee・Lazada・TikTok Shopの3社が市場を支配しています。Shopeeだけで2025年のタイ売上高は約857億バーツに達し(報道ベース)、その利益も50億バーツを超えるとされています。
問題は、こうした成長の恩恵が出店者(セラー)に届きにくい構造にあります。コミッション、広告費、物流費、プロモーション参加費、決済手数料を合算すると、セラーの実質的な費用負担は売上の15〜25%に達するケースも珍しくなく(業界推計)、薄利の中小セラーは実質的に赤字で販売を続けている状況も報告されています。さらに、プラットフォームが物流・広告・決済を垂直統合して囲い込む構造の中で、セラーの自律性は年々低下してきました。
TCCTはこうした状況を「競争法上の問題」として捉え、2025年5月に規制策定を公式に発表。同年8月〜9月にかけてパブリックコメントを実施し、2026年2月に理事会へガイドライン草案を提出。官報掲載により、ガイドラインは正式に効力を持ちます。
TCCTガイドラインの6つの主要規制領域
ガイドラインの正式名称は「マルチサイドプラットフォーム事業者における不公正取引行為および独占行為の評価に関するガイドライン — 商品またはサービスの販売のためのデジタルプラットフォームサービス(eコマース)」です。競争取引法(B.E. 2560 / 2017年)を法的根拠とし、タイ国内で事業を行う限り海外登記のプラットフォームにも適用される域外適用規定が含まれます。
規制対象となる行為は以下の6領域に整理できます。
① 手数料・費用の不透明・不公正
コミッション、広告費、物流費、プロモーション費、決済手数料について、不透明な料率設定や、合理的な理由なく特定セラーに差別的な料率を適用する行為が問題となります。競合プラットフォームと横並びの手数料設定(並行価格設定)も含まれます。
② 物流の強制 — 本ガイドラインの最大の焦点
Shopee(SPX Express)やLazada(Lazada Express)など、プラットフォームが自社物流の利用をセラーに事実上強制する行為が明示的に規制されます。セラーが自分で物流業者を選ぶ自由を制限する行為は、「正当な経済的・事業的・技術的理由」がない限り違反とみなされます。注目すべきは挙証責任の転換で、合理的理由の立証はプラットフォーム側に課されます。
③ アルゴリズム操作・セルフプリファレンス
検索ランキングや価格ランキングのアルゴリズムを使って競争を歪曲する行為、および自社グループの商品や関連セラーを優遇表示する「セルフプリファレンス」が問題となります。EU Digital Markets Act(DMA)でも同様の規制が設けられており、グローバルなプラットフォーム規制の方向性と一致しています。
④ データの不正利用
プラットフォームが出店者から取得した非公開のビジネスデータ(販売データ、在庫データ、顧客データ等)を使って、自社が同一カテゴリの商品で競合する行為が禁止されます。Amazonの「Amazonベーシック」問題として欧米で議論されてきた類型です。
⑤ 価格に関する制限
原価割れ販売(コストベローコスト:正当理由なし)、「他プラットフォームでの低価格販売を禁止する」最低価格維持条項、ダブルデートセール(11/11、12/12等)などへの強制参加が規制対象です。セールへの参加強制は日本でも「優越的地位の濫用」として問題になるケースと類似します。
⑥ 抱き合わせ・強制利用
プラットフォーム独自の決済ゲートウェイや広告サービスの利用を、出店の条件として強制する行為が含まれます。
罰則について: ガイドライン自体は競争取引法の解釈基準であり、罰則は競争取引法本体に基づきます。違反が認定された場合、行政罰として年間売上の最大10%、刑事罰として最大2年の懲役および/または罰金が科される可能性があります。
日系EC事業者への実務的影響 — 3つのパターン
パターンA:タイのプラットフォーム(Shopee等)に出店している日系セラー
最も直接的な影響を受ける立場です。
メリット面: 手数料の内訳が透明化されることで、実際にどのコストが発生しているかを把握しやすくなります。物流選択の自由が保障されれば、自社の商品特性や価格帯に合った配送業者を選ぶことができます。アルゴリズムの公平性が高まれば、広告費をかけなくても適切に商品が表示される機会が増えることが期待されます。
注意点: 規制効果は段階的に現れる可能性があります。ガイドライン施行直後からプラットフォームが自発的に対応するとは限らず、TCCTが実際の執行(調査・処分)に動くまでにはタイムラグが生じることも考えられます。
今すぐできるアクション: プラットフォームとの現行契約条件(手数料率・物流ポリシー・データ利用条件)を再確認し、ガイドライン施行後にどの条件が変更されるかを注視することが有用です。
パターンB:自社ECサイト・アプリでタイ市場にアプローチしている企業
小規模の自社ECサイト運営者はガイドラインの直接的な対象になりにくいですが、競争環境が変化することで間接的な恩恵を受ける可能性があります。また、後述するPantip Mallの動きは出店先の多角化という観点で注目に値します。
パターンC:プラットフォーム事業者としてタイで展開する日系企業
手数料設計の文書化、物流選択を制限しない方針の明文化、データ利用ルールの整備、アルゴリズムの設計方針に関する記録保存が必須となります。競争法コンプライアンス体制の構築を早期に進めることが重要です。
国際比較 — EU DMA・日本の透明化法との位置付け
今回のTCCTガイドラインは、グローバルなプラットフォーム規制の潮流の中に位置付けられます。
EU Digital Markets Act(DMA) は2024年から「ゲートキーパー」と指定されたプラットフォームに対して事前的な義務を課す仕組みで、セルフプリファレンス禁止・データ利用制限・相互運用性確保などが含まれます。違反時の罰則は全世界売上の最大10%(繰り返し違反の場合は20%)です。
日本の特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律(透明化法、2021年施行) は、特定DPFに対して取引条件の開示義務と年次報告を課す枠組みで、「透明性」の確保に主眼を置いています。
タイのガイドラインは競争法(事後規制)の枠内でありながら、DMAに近い具体的行為規制を取り込んでいます。専用法ではないため柔軟性がある反面、TCCTの執行能力・先例の蓄積といった面での不確実性も残ります。「世界は同じ方向に向かっているが、タイは競争法ベースのアプローチを採っている」という理解が実務上重要です。
なお、タイには個人情報保護法(PDPA)もあり、プラットフォームによるデータ利用規制はPDPAとの交差点でも検討が必要です。
Pantip Mall — タイ産プラットフォームは成功するか?
2026年6月のローンチを予定している「Pantip Mall」は、タイ最大のオンラインコミュニティPantip.com(日次ユーザー約220万人)が立ち上げるEC特化プラットフォームです。手数料を取引額の3〜8%+決済手数料3.21%(上限11%)に抑え、外資系3強への対抗を打ち出しています。
背景にあるのは、タイ政府の「eコマース主権(ecommerce sovereignty)」という政策的テーマです。外資系プラットフォームへの依存を減らし、タイ国内の中小セラーを保護することを目的としており、今回のTCCT規制とも方向性が一致しています。
現実的には、ShopeeやLazadaが築いてきた物流インフラ・ユーザー基盤・UI/UXとの差は大きく、Pantip Mallが短期間で市場を塗り替えることは容易ではないと考えられます。ただし、「手数料の安い選択肢」「タイ政府が後押しするプラットフォーム」という点は、コスト圧縮を模索する中小セラーや、タイ市場でのブランドイメージを重視する企業にとって注目に値する動きです。
日系EC事業者が今やるべきこと
規制の方向性が明確になった今、以下のアクションを検討しておきたいと考えられます。
- プラットフォームとの現行契約を再確認する — 手数料・物流・データ利用・セール参加に関する条件が、ガイドラインに照らしてどの程度変更される可能性があるかを把握する
- 手数料の内訳を可視化する — コミッション・広告・物流・決済それぞれのコストを分解し、現在の実質マージンを把握する
- ガイドライン施行後のプラットフォームの動向を注視する — 手数料改定・物流ポリシー変更・データ利用ルール改訂などの通知を見逃さない
- 自社のデータ管理ポリシーを確認する — プラットフォームに提供しているデータの範囲と、そのデータがどのように利用されうるかを整理する
- 出店先の多角化を検討する — Pantip Mallや自社ECを含め、単一プラットフォーム依存のリスクを再評価する
越境EC規制については、タイが2026年1月から実施した関税de minimis廃止との関係でも整理が必要です(タイ関税de minimis廃止と越境ECも参照)。また、タイでのビジネストラブルが生じた場合の紛争解決手段については紛争解決シリーズ第1回をご参照ください。
タイのEC規制は、まだ施行段階を迎えたばかりです。ガイドラインの最終版の内容確認、実際の執行事例の蓄積を経て、実務的な影響が明確になっていくことが予想されます。定期的なアップデートをお勧めします。
タイでのeコマース事業に関する競争法コンプライアンス、プラットフォーム契約のレビュー、越境EC規制への対応など、日本法・タイ法の両面からアドバイスいたします。お気軽にお問い合わせください。
本記事はタイの法制度に関する一般的な情報提供を目的としており、タイ法に基づく法的助言を構成するものではありません。具体的な案件については、タイの弁護士資格を有する専門家にご相談ください。当事務所では提携先JTJBのタイ人弁護士と連携して対応いたします。