この記事のポイント
- 懲戒解雇(補償金不要)が認められるのは労働保護法119条の6事由のみ。該当しない場合は通常解雇として補償金が必要
- 軽微な違反での懲戒解雇には「警告書の交付→再違反」というプロセスが原則として必要(有効期限は1年間が目安)
- 書面による証拠の蓄積が最重要。口頭注意だけでは労働裁判所で立証できない
はじめに
通常解雇が「補償金を払えば原則できる」ものであるのに対し、懲戒解雇は解雇補償金・予告手当の支払い義務なしに即時解雇できる制度です。ただし、これが認められるのは法律が定める限定された事由に該当する場合のみです。要件を満たさずに「懲戒解雇」として処理した場合、労働裁判所で不当解雇と判断され、補償金に加えて損害賠償まで命じられるリスクがあります。
労働保護法第119条:懲戒解雇の6事由
タイ労働保護法第119条は、使用者が解雇補償金を支払わずに解雇できる場合を以下の6つに限定しています。
第1号:不誠実な職務遂行または使用者への刑事犯罪
従業員が職務遂行において不誠実な行為を行った場合、または使用者に対して意図的に刑事犯罪行為を行った場合です。
具体例:
- 会社の売上金を横領・着服した
- 会社の在庫や備品を盗んだ
- 架空取引・水増し請求で会社に損害を与えた
- 接待交際費の架空領収書を作成した
実務上の注意: この事由は比較的証明が困難です。横領の場合は、会社口座の記録・レシート・証人証言など複数の証拠を用意することが重要です。
第2号:使用者への意図的な損害
従業員が使用者に対して意図的に損害を与えた場合です。「意図的(Intentional)」であることの立証が要件となります。
具体例:
- 会社の機械・設備を故意に破壊した
- 顧客リストを意図的に競合他社に漏洩した
- 会社のサーバーやデータを意図的に削除・改ざんした
第3号:重大な過失による損害
従業員の**重大な過失(Gross Negligence)**によって使用者に損害が生じた場合です。「重大な」という要件が重要で、単なる不注意ミスは該当しません。
具体例(該当する可能性のある行為):
- 安全規則を無視して作業し、工場設備を大破させた
- 飲酒状態で会社車両を運転して事故を起こした
具体例(単なる過失として不該当になりやすい行為):
- 業務上の判断ミスによる損失(経営判断の失敗)
- 不注意によるデータ入力ミス
第4号:就業規則・命令への違反(警告書交付後の再違反)
使用者の合法かつ公正な就業規則・命令に違反した場合ですが、事前に書面による警告書を交付していることが条件です。ただし、違反が重大な場合は警告書なしでも解雇できる場合があります(要確認:個別ケースは専門家に相談)。
具体例(警告書交付後の再違反として懲戒解雇が認められやすいケース):
- 無断遅刻・欠勤の繰り返し(警告書交付後も継続)
- 社内ハラスメント行為(警告書交付後の再発)
- 業務命令への繰り返しの拒否
「重大な違反」として警告書なしでも認められやすいケース(要確認):
- 職場での暴力行為
- 機密情報の漏洩
- セクシャルハラスメント(重大なもの)
第5号:正当な理由のない連続3日以上の無断欠勤
正当な理由なく3労働日以上連続して無断欠勤した場合です。
実務上の注意: 「連続3日」の起算について、間に休日・祝日が挟まる場合の計算は解釈が分かれることがあります(要確認)。また、「連絡がつかない状態」であっても、緊急入院など事後的に正当な理由が判明した場合は適用が否定される可能性があります。
第6号:刑事確定判決による禁固刑以上の刑
従業員が確定判決により禁固刑以上の刑に処せられた場合です。ただし、過失犯や軽罪については除外される場合があります(要確認)。
懲戒解雇の6事由まとめ表
| 事由 | 要件のポイント | 警告書の要否 |
|---|---|---|
| ①不誠実・刑事犯罪 | 意図的行為の証明 | 不要 |
| ②意図的損害 | 「意図的」の立証 | 不要 |
| ③重大な過失 | 「重大」な過失の立証 | 不要 |
| ④就業規則違反 | 合法・公正な規則の存在+警告書 | 原則必要 |
| ⑤連続3日無断欠勤 | 3日間連続・正当理由なし | 不要 |
| ⑥刑事確定判決 | 確定判決の存在 | 不要 |
警告書(หนังสือตักเตือน)の実務
警告書が果たす2つの役割
警告書は、①懲戒解雇の要件を満たすため、②不当解雇リスクを軽減するための証拠として、2つの重要な役割を持ちます。
警告書の有効期限
タイ法上、警告書の有効期限を明示する条文は法律上に明文規定がないとされますが、判例上は交付から1年間が有効期間の目安として扱われることが多いとされています(要確認:実際の運用は就業規則の定めや個別事情によります)。
1年以内に同種または類似の違反が繰り返されれば、それを理由に懲戒解雇できる可能性が高まります。
警告書に記載すべき事項
| 記載項目 | 具体的な内容 |
|---|---|
| 従業員情報 | 氏名・従業員番号・部署・役職 |
| 違反内容 | 具体的な事実(日時・場所・行為) |
| 違反した規則・条項 | 就業規則の該当条項番号 |
| 将来的な影響 | 再違反の場合の措置(解雇等) |
| 日付・署名 | 発行日・上司署名・本人受取署名 |
本人が署名を拒否した場合: 証人(他の管理職等)立会いの上で「本人が受け取りを拒否した」旨を記録し、保管してください。
企業が労働裁判所で負ける典型パターン
パターン1:証拠がない
「問題のある社員だとわかっていたが、書面に残していなかった」というケースが最も多いです。口頭注意は証拠になりません。
パターン2:就業規則が整備されていない
懲戒解雇の根拠となる就業規則が存在しない、またはタイ語で作成されていない、労働局への届出がない場合、裁判所は就業規則の拘束力を認めない可能性があります。
パターン3:手続きが適正でない
警告書なしに第4号の懲戒解雇を行った場合、違反が重大でなければ不当解雇と判断されます。
パターン4:解雇通知書に理由を記載しない
解雇通知書に懲戒解雇の具体的理由を記載しなかった場合、後からその理由を追加主張することが制限される場合があります(要確認)。
懲戒解雇通知書に記載すべき事項
flowchart TD
A[違反行為の発生] --> B["事実確認・<br/>調査・証拠収集"]
B --> C{重大な違反?}
C -- いいえ --> D["警告書の交付<br/>(本人署名取得)"]
D --> E{"1年以内に<br/>再違反?"}
E -- いいえ --> F["警告書を保管<br/>(経過観察)"]
E -- はい --> G[懲戒解雇を検討]
C -- はい --> G
G --> H["懲戒解雇通知書作成<br/>(理由・根拠条項を明記)"]
H --> I["即時解雇<br/>(補償金・予告手当不要)"]
懲戒解雇通知書には以下を必ず明記してください。
- 解雇理由:119条の何号に該当するか、具体的な違反行為の事実
- 就業規則の根拠条項:違反した就業規則の条番号
- 解雇の効力発生日:即日か、特定の日付か
- 補償金を支払わない理由:懲戒解雇事由に該当するため不要である旨
まとめ
懲戒解雇は、使用者にとって補償金なしで即時に問題社員を解雇できる有効な手段ですが、法定の要件を満たさない限り不当解雇となりリスクが跳ね上がります。最重要の実務対応は**「書面による記録の積み重ね」**です。就業規則の整備、警告書の適正な交付と保管、面談記録の文書化を日常的に行うことが、最終的に懲戒解雇を有効に成立させる基盤になります。
次回予告:第4回「整理解雇・事業所移転・合意退職 ― 状況別の対応ガイド」
懲戒解雇の要件充足について不安な場合は、実行前に専門家に相談されることを強くお勧めします。
本記事はタイの法制度に関する一般的な情報提供を目的としており、タイ法に基づく法的助言を構成するものではありません。具体的な案件については、タイの弁護士資格を有する専門家にご相談ください。当事務所では提携先JTJBのタイ人弁護士と連携して対応いたします。